Hiroshima BioMedical Engineering School

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STANDARD5:Tractographyについて


・「Tractography」の意味

Tractographyは「トラクトグラフィ」と読みます.ここで「Tract」は脳白質の神経線維束などを意味し,「-graphy」はその映像化を意味します.つまり,日本語では「神経線維束像」などと呼ばれることもあります.一般的には,英語のTractogrraphy(トラクトグラフィ)と呼ばれます.類似した用語として,Angiography(アンギオグラフィ)があります.「Angio」は血管を意味するため,「Angiography」は血管(造影)像です.
図1 脳血管のAngiography(左)と脳白質神経のTractography(右).

・神経線維の方向の推定

拡散MRIによって,人体の様々な場所で,様々な方向の拡散のしやすさを計測できることを説明しました(参照:拡散MRIについて).たとえば,脳の中のある一点に注目して,その位値でのすべての方向の水分子の拡散のしやすさを調べると,神経線維の走行している方向に水が拡散しやすい,すなわち拡散係数が高い傾向があることがわかっています.この傾向は神経線維を構成する細胞の形状や構造が水の拡散を制限している(*1)ためで,色々な方向の拡散係数から神経の走行方向が推定できます.したがって,すべての位置で神経線維の走行方向を拡散MRIのデータから計算し,これをうまくつなげると神経線維の走行が推定できると同時に,CG(コンピュータグラフィクス)でわかりやすく表示することができます.これがTractographyなのです.神経線維のほか,筋肉の線維を表示することにも使用されることがあります.

・Tractographyと「線維追跡」

拡散MRIのデータを使って脳内の各所での拡散しやすい方向がわかった場合,「線維追跡」と呼ばれるアルゴリズムでTractographyを作成することができます.まず,図2のように追跡の開始点を決めます.次にその場所で最も拡散係数が大きい方向を求め,その方向に少しだけ移動します.また,その場所で最も拡散係数が大きい方向に少しだけ移動し,といった処理を繰り返し続けます.これを複数の追跡開始点について行い,それらの追跡軌跡を線で結んでCGで3次元表示すると図のようなTractographyが完成します.
図2 線維追跡の基本アルゴリズム(楕円は様々な方向の拡散のしやすさを表しています).

・Tractographyの応用

Tractographyで描かれる脳の白質神経は脳内の各所を結び,また脊椎を通して全身まで繋がっています.その中には,手足などの運動を司る神経束,感覚を司る神経束など,それぞれ役割が決まっています.これらの情報が最も役に立つ場合の一つは脳外科手術です.腫瘍の摘出や血管の治療などを行う脳の手術においては,周辺の重要な神経束をなるべく傷つけないようにする必要があります.
図3は,Tractographyにより足の運動を司る神経線維束と脳腫瘍の位置関係を明確に示したものです.腫瘍の摘出の際,この神経束を傷つけると手術後に麻痺の症状が残る場合があります.これを避けるために重要な役割を果たすのがTractographyで,位置関係を確認しながら手術を進めることができます.
Tractographyが利用されるようになるまでは,X線CTなどの脳の全体の形態のみを映し出す医用画像が使われていましたが,各々の神経束構造がはっきりとはわかりませんでした.これを明確に映像化するTractographyは,今日の脳外科手術において欠かせないものとなっています(参照:スマート手術室).その他,特定の神経束で拡散の状態が変化するような疾患も確認されており,診断においても重要な役割を果たすことがわかっています.

図3 脳腫瘍と周辺神経線維束のTractography.

*1 神経細胞(ニューロン:neuron)には図4のような軸索と呼ばれる細長い部分があり,軸索による水分子の拡散の制限が脳の白質線維のTractographyで利用されています.
図4 神経細胞の構造.

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