Hiroshima BioMedical Engineering School

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STANDARD7:「かたち」の統計


ここでは人体を含めた生物の形態(かたち)の個体差について,またその重要性やコンピュータ解析の方法や応用について学びます.


・「個体差」と診断

私たち人間を含めた生体には,大きさを含めた全体あるいは部分の「かたち」や行動においても「個性」があります(図1).一方,工場で生産される機械の部品は画一的である必要があり個性は許されません.すなわち,形や機能が他と違う個体を「異常」として検出します.例えば,製造された機械部品が設計された形状からどれくらいの誤差を持つかを調べ,大きなものは不良品とします.これを人体の診断で考えてみましょう.機械部品に比べて人体は正常であっても個性すなわち個体差が大きいため,「異常」を検出するのは容易ではありません.正常の範囲を統計データとしてとらえ,判断の適切な基準を設ける必要があります.

図1 生物における個体差の例(二枚貝の一種).© Debivort

・「かたち」の統計と形態計測学

たとえば「血圧」のような一つの数値であれば「平均」や「標準偏差」といった統計の値を使用して,正常の範囲を決めるのは容易です.一方,「かたち」はどうでしょうか?「かたち」すなわち形状を数値化する方法はいくつもあります.画像を使ったり,形状に含まれる特徴的な点(「ランドマーク」とも呼びます)の座標を使ったりして複数の数値で形状を表現するのです(*1).そして,これらの数値で表された生物の形態を調べる学問は「形態計測学(モルフォメトリクス)」と呼び,様々な生物を対象にコンピュータ解析で個体差の統計を扱います.

・統計的形状モデル:「かたち」の機械学習

かたちの個体差を統計的にとらえることは,生物学や医学において重要な意味を持ちます.特に人体の臓器の形状に関しては,その個体差を含めた統計情報をコンピュータが持つことで,画像から臓器の領域を認識することが容易になったり,より正確に異常を検出することができるようになったりします.これはコンピュータが臓器形状の事例を多く学びとることに等しいので,「かたち」の機械学習とも言えます.では,かたちの統計情報とは具体的にはどのようなものでしょうか?これを表現するいろいろな方法がありますが,必ず多数の個体差を持つ例(サンプル)をたくさん集めることが必要です.「統計的形状モデル」という方法では,平均の形状のほかに,形状を多くの成分に分解してその足し合わせで形状を表現します(*2).一般に,平均の形状は多数の個体の代表的なものとなりうるので典型的,あるいは美しいもの(*3)になることが多いです.図1は手書きの「☆」マークのサンプルとその平均を示します.また,分解された成分がどのようになるかは集めたサンプルに依存します.
図2 異なる25人が書いた「☆」マークとその平均.

・「計算解剖学」へ

医用画像から計測できる人体の臓器や組織(解剖学的構造物)の形状の個体差を統計的に解析し,これを医療に応用しようという学問が最近発展しており,「計算解剖学」と呼ばれています.図3は脳の形状の個体差を統計的形状モデルにより表現した結果です.脳形状の個体差の様々な成分が動画で表示されています.従来の解剖学にコンピュータ解析によるエッセンスを加え,様々な新しい知見が得られることや新しい診断・治療法への応用が期待されています(*4).
図3 脳の統計的形状モデルの例(数字は分解された形状の成分の番号を示す).

*1 数値化された形状に限らず,複数の数値の統計は「多変量解析」と呼ぶこともあります.
*2 統計的な計算方法として「主成分分析」という手法を使います.
*3 多数の個性のある文字を平均した研究もあります.
 中村 他「平均文字は美しい」
*4 新学術領域「計算解剖学」のページ

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