STANDARD8:拡散MRIと応用 ここでは,前回の医工学スクールで習った拡散MRIやTractographyの応用について学びます. ・「拡散MRI」 前回の医工学スクールで習ったように,「拡散MRI」は生体に含まれる水分子の拡散現象を数値化して計測することができるMRIの撮影法の全体を指す名称です(*1).「拡散強調イメージング」と呼ばれる撮影法に基づいており,その画像を「拡散強調像」と呼びます.拡散強調像は,特定の方向の拡散現象を計測した結果なので,いろいろな方向の拡散現象を調べるには,複数の方向の拡散強調像が必要です.さまざまな方向の拡散強調像を応用した神経線維束の画像である「Tractography」も前回の医工学スクールで紹介しました(*2)が,拡散MRIはさまざまな応用がされています. 図1 さまざまな方向を計測した拡散強調像. 図2 Tractography. ・診断への応用 Tractographyで描かれる脳の神経線維束は,水の拡散が線維方向に偏っています.このことを拡散の「異方性」と呼びます.方向によって拡散が異なるという意味です.Tractographyで描かれる脳の神経線維束のそれぞれの位置では,水の拡散異方性が高いのですが,脳腫瘍の周辺では異方性が低くなったり,特定の疾患によっても異方性が低くなったりすることが報告されています(*3).これは診断の情報として重要で,疾患の種類の特定や進行度合いの推定などに応用できるようになると期待されています.また,拡散の情報は異方性だけではありません.水分子が生体構造にどれだけ拡散を制限されているかなどの情報から神経線維の太さなどが推定できるなどの報告もあります. ・治療への応用 前回の医工学スクールで紹介したように,拡散MRIのもたらす情報が最も役に立つ治療の一つは脳外科手術です.腫瘍の摘出や血管の治療などを行う脳の手術において,周辺の重要な神経束をTractographyで把握しておき,なるべく傷つけないように手術のアプローチが可能となります.すなわち,Tractographyを使った手術ナビゲーションです(*4).また,脳神経領域を対象とした放射線治療においても手足の運動に関わる神経線維束など,重要な構造になるべく放射線をあてないような計画を立てる際にもTractographyが利用されています. *1「拡散MRIについて」 *2「Tractographyについて」 *3 特定の神経線維束に関する解析「Tract-Specific Analysis (TSA)」と呼ばれています *4「医療で使用される画像について」 前の内容:「かたち」の統計